いじけた日記
ちょっと、いじけた日記になってしまいました。
幼稚園選びのこと。
最近のムスメを見るに、私が当初思っていた子とは違ってきているな、と感じています。
もっと赤ちゃんの頃は結構人見知りが激しく消極的で、他の若いお母さんにさえ抱っこされるのを嫌がっていた時期もあり、大人しい子なのかな、と思っていたのでした。
人見知りがおさまっても、どちらかと言えば、おっとりした、落ち着いた子供だと思っていました。
でも、ここのところいつのまにか、活発になり、「きーっ」という甲高いおたけびを上げ、はしゃぎ、騒ぎ、行動ががさつになりで、私の予想ははずれていたのか、と。
もう大人になってしまい、かつ一緒にいて苦にならない、という私の一方的な願望から見れば、落ち着いた子供であってほしかった。
このようなムスメに、私が行かせたいと考えた幼稚園は、そぐわないのではないか、と。
本人にしても、もっと気楽に走り回れるような環境(もう一つの幼稚園が自由奔放放任というわけでは決してなく)や、いつも遊んでいるお友達と一緒の方が、また、幼稚園だけでなく、ムスメが好きそうな習い事をする方が楽しいのではないか?
ムスメに、それほどのお金をかけて、こうなって欲しいと願った方の幼稚園に行かせる価値はあるのか、この幼稚園の保育費が割高ということではないけれど我が家の経済状態から見た場合、分不相応ではないか?
また、その幼稚園に沢山ののお金をかける価値があり(運動会の種目名や、お遊戯の曲名から思ったこと)、ムスメはその分の成長を見せてくれるのか?
ムスメも私とは全く別の一人の個人であり、そこまで母親の勝手な要望、期待をかけるのは負担なのではないか?
この時期に、それほどのお金と期待をかけて、本当に大切な時には(大学受験など)、ムスメも我が家の家計も潰れてしまうのではないか?
ムスメにばかり、それほどのお金をかけるより、家のことも皆がもっと居心地良く過ごせるようにしてゆく、とか、私達夫婦の趣味・教養・老後の暮らしをもっと高めるようにするとかした方が全体的に幸せな家庭を作れるのではないか?
一緒に未就園児クラスに行ったお友達は「子供のためならお金なんて・・・」と言われていました。
そう考えられる親御さんは多い、普通はそうなのではないか、と思います。
なんで私は今になって、ムスメのためにしようとしていることに対して、こんなに貧相な考え方をするようになったのでしょうか。
やっぱり、ムスメがある意味、私の期待を裏切った成長を見せ始めているからなのでしょうか。
父親は、そんな様子まったくなく、ムスメととてもも楽しそうに、ふざけ、はしゃぎ、遊んでいます。
この家の中で、私一人が塞ぎこんで。
あらためて書いてみると、お金、お金、で、本当にがめつくて、こんなことばかりになってしまっている自分がとても情けなく、恥ずかしく、嫌です。
なんて後ろ向きな考え方しているんだろう。
どうか、こんな私を嫌いにならないで、と思います。
そして次の日記は、明るい、前向きな日記を書きたいと思います。
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Comments
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Posted by: Arterotte | March 07, 2009 at 06:16 PM
あかぼしさん、こんにちは。
あかぼしさんのお言葉を拝見して、私は、幼稚園に子供を入れたら全て解決、それでお終い、と考えてしまっていたのではないかと思いました。
毎日心に余裕なく過ごしていますが、なんでこんなに、あくせくしてしまうのかと思います。
自分の時間を作るために必死で(こういう考え方が自分の世界を狭くすると分かっていても)、それを得るためにそれ以外の時間をやりくりしているかのようになってしまっています。
けれど、自分の時間、と言っても、自分が本当にやりたいと思っていたようなことをするのではなく、結局ぼんやりとパソコンの前で過ごしているうちに終わってしまったりしているのですが・・・。
あかぼしさんの仰る
>根底には、(自分のこどもも含めて)他人によって変わることを忌避したり、いつまでも自分が主人公で居たい、つまり自己実現を阻害するものとしてこどもを見ている
というのは、まさに私にあてはまると思います。
親としての自分を見失っていたのか、と。
父親は、本当に子供を喜ばすのが上手く、また、それはとても自然で、好きだから、というのがうかがえます。
昨日もそんな感じで遊んでおり、一応、寝かし付けには私を、と子供は言ってくれましたが、それさえ「お父さんに」と言われる日が来そうで怖いです。
でも、私はどう頑張ってもあのように子供の相手ができないように思われ、そう言われてもやむを得ず、それは、きっと、あかぼしさんが仰られたようなことが私の中にあるからなのかもしれません・・・。
幼稚園入園にあたっての自分の姿勢を省みて、親としての役割に向かい合えるよう努力してゆきたいです。
このようなことに気付かせていただいて、ありがとうございました。
Posted by: みや | October 13, 2005 at 05:33 AM
みやさん、おはようございます。
こんなこと言うから顰蹙を買うのでしょうが、幼稚園側の保育目標とこどもの世界とは相当な乖離があるのではないでしょうか。
幼稚園はあくまでも保育機関です。ひとりで30数人も細やかに見れるはずがない。悪く言えば十把ひとからげです。
それとは別に、こどもをひたすら受け入れ、こどもの欲求に添えるのは育児の専門家である親ですよね。
いまこの親が大人になれていないのが、こどもたちの生育環境をより深刻にしているのではないでしょうか。
うちの園や、隣接している保育所の保護者のなかには、些細なことでもすぐにこどもを引っぱたいたり暴言を吐いたりしているのをよく見かけます。
時間に追われているのは分かりますが、流れている時間の切り替えをする余裕がない。
根底には、(自分のこどもも含めて)他人によって変わることを忌避したり、いつまでも自分が主人公で居たい、つまり自己実現を阻害するものとしてこどもを見ているのでは・・・すこし勘ぐりすぎでしょうか。
いろんな幼稚園の募集要項をみていると、その文言は押しなべて同じです。
幼稚園に行かなければ人格にも影響を及ぼすような、まるで親を脅さんばかりに高い理想や理念を並べ立てている園もありますよね。
いま学校が荒れています。うちの子が通う学校も例外ではありませんが、一年生でも手が付けられないほどなんです。
「しつけの基本や社会性が身についていない…」これが学校現場の率直な気持ちでしょう。幼稚園はこのことへの責任はどのようにしてとるのでしょうか。
こどもと向かい合うと無心になれるお父さんは貴重な存在です。自分の役割をこなしながら、みやさんにも何かを啓示しているのかな。
それを理解できるみやさんも素晴らしいですが・・・。
ぼくが4人のこどもから得た教訓は「こどもと距離を置くこと」と「待つこと」、それに「本物を見せる」ことくらいです。
それと合わせて、こどもたちが通った公立幼稚園で身につけた「小さな我慢」もね。
そろそろ出勤の用意です。
では、また。
Posted by: あかぼし | October 12, 2005 at 05:32 AM
あかぼしさん、こんにちは。
確かに子供は、今の年頃では最初戸惑うことがあっても、お友達と楽しく生活できればそれで満たされ、大きくなってから「あの幼稚園に入れられたから云々」ということはないのかもしれませんね。
私自身、幼稚園で事細かに何をした、何があった、とは多少は記憶にありますが、それ程覚えていませんし・・・。
父親はムスメを楽しませるのがとても上手く、私は逆立ちしても、あのように接することはできないと思います。
ムスメが素直に成長しているのは父親のおかげですね。
改めて、感謝しなくては。
このように優しいコメントをいただけると、とても慰められます。
どうもありがとうございました。
Posted by: みや | October 11, 2005 at 05:18 AM
深刻な様子が伝わってきます。みんな小金持ちになってしまい、物事が見えなくなっているのでしょうね。大人が考えているほどこどもは深刻ではないです。こどもの気持ちに添っているお父さん、頼もしいですよ。
Posted by: あかぼし | October 10, 2005 at 05:29 PM